バックグラウンドデータとワクチンの安全性評価

ワクチンは、短期間に数十万人・数百万人のヒトに投与される。そのため、臨床試験では検出することができない、まれな有害事象が生ずることがある(ここでの有害事象は、ワクチン投与との因果関係を問わない)。投与直後のアナフィラキシーのように、ワクチン投与との因果関係を推定しやすい有害作用もあるが、ワクチンとの因果関係がわかりにくいものも多い。

ワクチン投与後の有害反応のなかには、ワクチンが投与されなくても偶然に生じるものがある。その例として、ギラン・バレー症候群、突然死、自然流産などがあげられる。ワクチンの臨床試験では、症例数が少ないために、これらの有害作用とワクチンの因果関係についてはっきりした結論が出しにくい。

したがって、ワクチンを数百万人単位で接種する場合には、通常の状態での各有害事象の発生率(バックグラウンドデータ)を把握することが必要である。そして、バックグラウンドデータをもとにした、安全性の議論が必要となる。

このバックグラウンドデータに付いて、詳細に報告しているのが、先日Lancetに発表された論文である。

Importance of background rates of disease in assessment of vaccine safety during mass immunisation with pandemic H1N1 influenza vaccines

The Lancet, Early Online Publication, 31 October 2009
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(09)61877-8/abstract


この論文では、公的機関のデータベースや、学術論文から、各種有害事象の自然発生率を集計している。国別、年齢別にきちんと整理されていて、大変見やすいものとなっている。また、数百万人単位での集団接種を行うときに、ワクチン接種に関係なく偶然生じる有害事象数の推定もしている。

この推定値については、推定方法の是非・推定時の仮定などによって大きく変わることがあるので、そのままうのみにするわけには行かない。また、この推定値をもとにして、すぐさま安全性の議論をはじめるというのも拙速だろう。

しかし、バックグラウンドデータをもとにしたワクチンの安全性評価について、基本的な方法論を提示しただけでも、この論文の意味は大きいと思う。本来は、もっと早くから、このような議論がオープンに行われていてもおかしくはなかった。

この論文を読んでいて残念に思ったのは、日本のデータが全く含まれていなかったことだ。著者に日本人が含まれていないため、当然のことではある。論文によると、国によってバックグラウンドデータは異なることが予想される。日本でも、同様なデータを調査し、バックグラウンドデータに元づく安全性の議論がなされることを希望したい。