分割したら見えないものもある。

今日の昼、iPS細胞発見秘話、ともいうべきテレビ番組をやっていた。京大の山中教授のグループが、iPS細胞作製法を見つけ出すまでの過程のドキュメンタリーで、研究者が見ても非常に興味が持てる良い番組だった。

その中のエピソード。

山中教授のアイデアは、体細胞(例えば皮膚細胞)を多能性幹細胞に初期化(リプログラミング)するために、外から遺伝子を導入するというものだった。その遺伝子の絞り込みを行ない、最終的に24個の遺伝子をリストアップすることが出来た。

しかし、この24個の遺伝子を手当り次第に細胞に導入したのだが、多能性幹細胞は全く出来ない。ストラテジーとしては間違っていないはずなのに、結果がついて来ない。。苦悩の時期。

そこで出て来たアイデアが、「24個の遺伝子をとにかく全部導入する」という方法だった。実際にやってみると、この時初めて多能性幹細胞を得ることに成功した。あとは、組合せの問題であり、最終的に4つの遺伝子に絞り込んだところで、この結果を論文発表、世界一番乗りを果たすことが出来た。

分子生物学の世界では、生物を1つ1つの分子レベルに分割し、1つ1つの分子の働きを明確に知ることが第一義とされる。この考え方からすると、24個の遺伝子を1つずつ導入するというのは、常道といえる。

しかし、生物の世界はじつは1つ1つの分子が独立して出来ているのではなく、それらの関係性があって初めて成立する。そのため、「分割された対象」のみに注目していると、必ず落とし穴が存在する。山中教授のグループの体験は、この良い実例である。

山中教授のエピソードをみていて、こんなことを思った。

新薬開発においては、昔は1つ1つの標的分子レベルに注目することは少なかった。動物まるごとの反応、臓器まるごとの反応を丸ごと評価し、そこから分子レベルへの推論を進めて行ったものだ。スクリーニングにおいても、多くの数の合成化合物を評価する技術がなかった時代では、いくつもの化合物を混ぜて一度に評価し、効果がある組合せから、活性を持つ本体を探り出す、と言う作業をしたものだ。こういうやり方でも、優れた薬は発見できる。

今は、大規模スクリーニングで、1つ1つの標的分子レベルに注目した化合物探索が行なわれている。標的分子がどんどん見つかっていた1990年代までは、この方法は劇的な成果を上げた。しかし、標的分子発見が一段落?した現在では、この方法の限界らしきものを指摘するヒトもいる。

「生物の世界はじつは1つ1つの分子が独立して出来ているのではなく、それらの関係性があって初めて成立する」ことを意識した新薬探索のストラテジーを考える時期に来ているのかもしれない、と思った。